光村図書 文部科学省検定済教科書 中学校国語科用 『国語 1』(中学1年)掲載
(pp. 237-9)
 
「ごちそうさま。」と言わなくても
 
井 上 逸 兵
 
 友達に会ったとき、どんなあいさつをするだろうか。「こんにちは。」などと言ったあとに「元気?」などときいたりするかもしれない。玄関先で近所の人に会えば、「お出かけですか。」と声をかけるかもしれない。
 ほとんどの場合、これらがあいさつの一部であることを我々は知っている。相手が本当に健康状態や行き先をたずねているわけではないことを理解しているので、適当に「まあまあだよ。」とか「ちょっとそこまで。」などと軽く受け流すことができる。
 では、あいさつのときに「昼寝の目覚めはいい?」と言われたらどうだろう。なぜそんなことを尋ねるのか、どう答えたらよいのかと、不思議に思う人が多いのではないだろうか。しかし、昼寝の習慣が根づいているケニア北部のレンディーレ族の間では午後のあいさつによくこの問いかけがなされ、「すてきです。」という返事が返されるそうだ。
 このように、ある場面でどんな表現をよく使うかは地域や集団ごとにさまざまなのである。これらは一種の型にはまった言い回しとして定着している場合が多い。我々は、日ごろから慣れ親しんだ表現には特になにも感じないが、異なった言葉の習慣には違和感を覚えたり、不可解に思ったりするものである。初対面の人には日本語ならよく「よろしくお願いします。」などと言うが、そういう習慣のない人たちから見れば、なぜ会って間もない人にいきなり「お願い」するのだろうと不思議に思うかもしれない。
 相手に感謝を表すような場面を考えてみよう。日本語の決まり文句の一つは「ありがとう」である。感謝を表す代表的な言葉といってよい。しかし、「すみません」ということもよくある。ところが、「すみません」のほうは「ごめんなさい」と同様、あやまるときにも使う言葉である。こちらは例えば英語なら"I'm sorry."に相当しそうだが、英語でこの言葉を感謝を表すのに使うことはない。ただし、"I'm sorry."という表現は「気の毒に思う」とか「残念だ」という気持ちを表すときにも用いる。それぞれに使う場面が少しずれているのである。
 また、世界中の人が同じ場面で決まり文句をもっているとは限らない。日本では、食事をする前、「いただきます。」と言い、食べ終われば「ごちそうさま。」と言う習慣がある。ところが、こういうことを言う習慣のない人たちもいる。おいのりや乾杯をすることはあっても、「いただきます。」のようなことは言わないのである。「いただきます。」と言う習慣のある人には、そういう人たちがいきなり食事し始めているように見えるだろう。「ごちそうさま。」を言わずに食事を終えるのは無礼にすら思えるかもしれない。しかし、もちろん「ごちそうさま」を言う習慣のない人たちが「ごちそう」に感謝をしないわけではない。ただそのための決まり文句がどの言語にもあるわけではないということなのである。
 さらに、同じ言語を用い、語る内容が同じでも言葉の使い分けが問題となることもある。例えば、サッカーやバスケットボールでは、味方にボールを渡すことを「パス」するという。ところが、ある人が野球やソフトボールの観戦中に、「三塁手が一塁手にボールをパスした。」と言ったとしたらどうだろうか。この競技を知っている人なら、その言葉遣いに違和感を覚えるだろう。なぜなら、野球やソフトボールではボールを「パスする」とは言わず、「送球する」などと言うからである。このような言葉の使い分けはさまざまな生活の領域にある。
 こんな例もある。わたしがある留学生と立ち話をしているときに、別の男子学生が声をかけてきた。一言二言話をしてその学生は立ち去ったが、その後の留学生の言葉に一瞬たじろいだ。「あの男、だれですか。」と言うのである。その留学生は言葉も態度もていねいに振る舞おうとする人だっただけによけいに驚いた。しかし悪意があるようには見えなかった。実際、この「あの男」を英語で"that man"に置きかえたとすればなんの違和感もない。しかし、日本語では、話し相手の知人を指し示す言葉として、この状況での「あの男」は適切とは言いがたい。
 我々は自分の慣れた状況や場面では使う言葉に比較的無意識でいられる。しかし、慣れない場面で、適切な表現を選んで言ったり、適切な言葉遣いを使ったりすることは、自分の母語ですらいつも容易とは限らない。まして、それが母語ではない言語を用いているときや、異なった習慣のある人たちと会話をしているとこにはなおさらである。
 逆に、日本語に慣れていない人と日本語で会話をしたり、自分とは異なった方言を使う人と話したりする場合には考慮が必要である。自分にとって奇妙で不快な言葉遣いに出会っても、その人が慣れている言語の習慣の影響を受けているかもしれないと、少し冷静になってみよう。世界中に多くの言語があるように、言葉を使う習慣もさまざまなのである。「ごちそうさま。」と言わなくても、もっと心のこもった言葉や態度で感謝を述べているのかもしれない。
 
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