井上逸兵のひとりごと
 
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2006年6月15日号
 
ストレス解消法
 
© Ippei INOUE
 
それにしてもサッカーというのはストレスのたまるスポーツだ。90分という時間はそのストレスに耐えられる限界として決められたに違いない。あれ以上長かったら、カテコラミンとコルチゾールが大暴れしてストレス死してしまう人が続出してしまうだろう。
 
おとといの朝(豪州戦翌朝)は道行く人、電車の中の人の5組に1組はサッカーの話をしていた。日頃から人の話に聞き耳をたてて、社会言語学のフィールドワークに勤しんでいるが、この朝は異様な状況だった。やれ、あいつが悪いだの、あの場面がどうだの、と憤まんも不満も肉まんもやるかたなしといった空気が充満していた。
 
もちろん僕も残念でならないニッポン国民の一人である。ただ、そんなに過激に興奮はしていない。家のテレビと椅子をちょっと壊しそうになった程度である。いたって冷静である。
 
テレビ番組では日本チームが外国でどう思われているか、どう報じられているか、というたぐいの企画が相変わらず多い。日本人これ大好き。日本はこのグループで何位になると思うか、なんてことをドイツの街角できいたりする。そりゃ日本のメディアにきかれりゃ2位とか言うだろうよ。あるいはそういう社交辞令だけ編集して流しているに決まっている。
 
ルース・ベネディクトの『菊と刀』に出てくる、罪の文化/恥の文化の話を思い出す。恥の文化では他者にどう思われているかがとても重要である。誰がどう思おうとどうでもいいのだ!勝て!がんばれ!クロにもブラにも勝て!
 
日本のサポーターたち、そして街の日本人たちの反応もW杯関連番組の定番である。豪州戦後はみんなストレスたまりまくりである。ゴンにがんばってほしいという間抜けな女性も出ていた。
 
ストレスといえば、僕はどうもあまりストレスがたまらないらしい。肩を揉んでくれた床屋さんに、あれっと言われたこともある。肩こりがなさすぎるというのだ。悩みがなさそうでいいね、ともよく言われた(最近はあまり言われなくなった)。
 
ストレスがないというのは、ストレス過多の現代社会においては、「ばか」と同義語らしい。失礼な話である。大きな誤解である。僕はストレスを和らげるための方策を意識的無意識的に多く備えているだけのことなのだ。僕のストレス回避法をいくつかご紹介しよう。
 
1)ストレス因子を徹底的に分析する。徹底的に分析したのち、寝る。僕の場合、ほとんどの難しい問題は夢の中で解決される。スグレものの夢なのである。その分、か知らないが、起きているときは頭がよく働かないという難点がある。僕のことをバカにしている人は、この頭がよく働かない部分だけを見ているのだ。一面だけで人を判断してはならない。ちなみに、この方策のもう一つの難点は、ゲゲゲの鬼太郎に助けてもらう、などのやや実現が困難な解決策が提示されることである。
 
2)逃避はよくない。逃避は何の解決にもならない。逃避をせずしっかり『ミスター・ビーン』を直視する。目をそらざす直視する。ちなみにハリウッドの映画版の『ミスター・ビーン』は最悪で、よけいにストレスがたまるから見てはならない。ドラマのシリーズをしっかり直視する。これって逃避?まさかまさか。
 
3)しばらく絶食、もしくは断酒する。ストレスでやけ食い、やけ飲みをする人が多いが、間違いである。それは一時的な快楽を与えるだけで、ストレスを助長することになる。人間、ひもじい思いをしたり、手がふるえてきたりすると、ストレスの要因など忘れてしまうものだ。幻覚を見るようになったらしめたものだ。もうだいじょうぶ、ちがう世界に行ける。そこで何か食べる。そうすれば食べられるだけで、無常のよろこびを感じ、ストレスの要因などどうでもよいと思えるようになるのだ。
 
ちなみに、3)は試したことがないので、試した方は成果をご報告ください。ただし、具合が悪くなってしまった場合は報告しないでください。
 
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