井上逸兵のひとりごと
 
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2006年9月15+3日号
 
わかっていても
 
© Ippei INOUE
 
ここのところ毎日のように飲酒運転による事故のニュースが流れている。数として特別増えているのかどうか知らないが、報道の連鎖は始まったら飽きられるまで止まらない。これまでだって山ほどあったはずだが。
 
それにしても、この連日の報道にもかかわらず飲酒運転するやつの根性も大したものだ(ちなみに「根性」ということばは本来悪い意味を持っていたと思われる)。日常化しすぎていて感覚がマヒしてるのだろう。
 
あまりに日常化すると痴漢もやめられない。手鏡を奪われた以上、痴漢に走る以外にない。家は田園調布だが、ついつい手は、いや足は横浜、京急方面に向いてしまう。いやいや名古屋からの帰りにちょっと寄っただけだ。許せ。泥酔しておぼえていないのだ。
 
悪いこととはわかっていてもやめられないことはたしかに誰しもあるものだ。僕も、悪いとはわかっていてもついついキア○・リーブスに似てしまってよく彼と間違えられてしまう。悪いとはわかっていながら、ついつい知性をひた隠しにして、月に2度ほど愚かなひとりごとをしたためてしまう。
 
ほんとーに悪いことだとはわかっているが、ついつい一万円札を大量に捨てたりしてしまう。よくニュースになってから後悔する。ほんとにほんとに悪いことだが、ついつい銀座で一晩一千万円くらい使ってしまう。ああ、またモテまくるなー。こまったなー。
 
アホらしくなってきた。これを読んでいる諸兄、諸姉はもっとアホらしいだろう。くだらないと思いつつここにアクセスし、自責の念をもって退場なさるに違いない。
 
ということで、たまには有益な情報もたれ流そう。バカ犬矯正のためのレッスン2である(レッスン1はひとりごと2005年12月1日号でつつましやかにふれられている)。
 
よく飼い犬を見つめて長々と話しかけている人がいるが、それが権勢欲の強い犬(いばり屋本能の強い犬)の場合、人とよい関係は築けない。犬の対人、対犬(?)関係に、実は対等の関係というものは存在しない。僕も犬になったことがあるのでよくわかるが、犬には上下関係しかないのである。自分より上か下かのどちらかしかない。つまり、犬は友達になれないのである。で、権勢欲の強い犬は、すぐ思い上がるので、見つめたり、話しかけたりするのは下位者のすることだと思う。つまり、見つめられ、話しかけられる自分の方が上だと思いこむ。だから、犬の方が人間を見上げるように(そしてその時人間は知らんぷりしている)仕向けることが時に必要なのだ。
 
これは犬をかわいいと思っている人ほど、なかなか実行するのはむずかしい。悪いこととわかっていてもついつい犬を見過ぎてしまう。そして、犬の方も悪いこととはわかっていても(いない)ついつい自分の方が偉いと思ってしまう。
 
犬が愛らしくしっぽを振って遊びたがってる様子を見て、
 
「ねえねえ、ボクとあそぼーよー、おねがーい。」
 
というメッセージと受け取っている人は、その翻訳を改めるべきだ。実際は、
 
「おい、テメエ、おれと遊べよ、つべこべ言ってねえで早く遊べ!」
 
と言っているのである。そう、映画の『ドクター・ドリトル』はけっこう正しい。
 
ああ、たまには役に立つかもしれないことを書いて気持ちがいいなあ。
 
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