井上逸兵のひとりごと
 
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2006年11月1+5日号
 
秋は苦し
 
© Ippei INOUE
 
あまりに忙しくて書くことがない。
 
馬車馬のように働く、というが、馬車馬の方がまだ余裕がある、にちがいない。むしろマシン。しかもCPUとか上等なものはなく、ただ歯車だけが動いている。頭もよく働かない。もともと働いていたかは髪のみぞ知る。
 
こう忙しいと何もおこらない。ハプニングもない。くだらないサイトや本をながめることもできない。他人様の振る舞いの意図せぬツッコミどころを拾う余裕もない。テレビも見られないので、新しいホットペッパーのコマーシャルもしらない。今回、たぶん定期的にこのページを更新するようになってから最も長い遅延である。
 
この三連休は学会。運営委員をやらさ、あ、いや仰せつかっているので、前日の準備からずっと会場の本郷・東大にはりついていた。
 
本郷はなかなかいいキャンパスである。いままであんまり歩き回ったことがなかった。三四郎池あたりにいい森もある。きれいなサッカー場もあって、元気な若者たちがプレーに興じている。今、新しい建物の大学はどこもみな同じようなものだが、ここの古い建物の教室たちは個性的なものが多い。土日だけに散策をする一般の人も多く見かけた。僕もまぎれて散策に消えたかったが、運営委員の腕章をつけているとなかなか背景の一部になれない。
 
古いだけあって、建物の配置や建物の内部がやや複雑。三日いたが、最後まで掌握しきれなかった。腕章をつけていると、いろんな場所をきかれるが、だいぶウソをついた。こういう場合、その人が再び戻ってくるまでに、その場を去るのが得策である。しかし、去った先で子羊のようにまださまよい続けるその人にまたバッタリ会うこともある。そうなれば、用事があるふりをして走るのが二番目の得策である。
 
運営委員なので、裏方さん。だが、たまに会場で事務的なアナウンスをするときにもついつい小ギャクをはさんでしまう。へんだ。こんな性格じゃないはずだ。引きこもり系言語学者を自称しているのに。
 
引きこもり系言語学者としては、このような学会に引っ張り出されるのは、はなはだ心理的、肉体的苦痛を伴うが、社会復帰(かつて社会にいたとして)にはよいのかもしれない。
 
同じ大学にいるのに、こういう学会で始めてご挨拶申し上げるような先生もいらっしゃる。まわりはいぶかしげな顔で見る。ええっ、あんたら同じ大学にいるんでしょ?なに今さらあらたまった挨拶してんの?ってかんじ、みたいな系。
 
だってしょうがない、こちとら引きこもり系だから。さいわい先方はこちらの名前だけはご存じの様子で、ああ、ってかんじ、みたいな系、的な暖かい態度でご挨拶いただけた。
 
しかし、引きこもり系の社会言語学なんて、ほとんど言語矛盾。しかし矛盾と混沌こそが社会の本質なのだ、とさらに矛盾と混沌を深めてみる。苦悩はつづく。
 
 
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