井上逸兵のひとりごと
 
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2006年11月15+2日号
 
自己嫌悪
 
© Ippei INOUE
 
自分の姿を見ることによって生起せらるるる自己嫌悪が年々甚だしくなっていく。
 
謙遜でも自虐ネタでもセンセーショナリズムでもない。おかしい。こんなはずじゃない。僕の心にある自分自身の映像はブラッ○・ピットなのに(キア○・リーブスは終了しました。あるキアヌファンの読者様がいい加減にしろと。ごもっともでございます)。ほんの少しばかり彼には似ていないようだ。
 
地下鉄のドアのガラスに映る自分を見て、あれーどっかで見たことあるおっさんだなー、と思って十数秒。おれじゃん。うそ。シンジラレナーイ。ウィンクしてみよ。しやがる。もーやだ。もうちょっとかっこよくなかったか。おかしい。実におかしい。
 
ちょっとニヒルに笑ってみよう。キモイ。さわやかな笑顔はどうだ?あれ、このドアのガラスゆがんでるのかな?キムタ○のようにちょっと口を半開きにしてバカっぽくするとかっこいいのかも。いかん。ほんとに頭わるそう。
 
いやそれより横にいるおばちゃんの視線を浴びている。高カロリーの熱視線。食い入るように見られているぞ。これはまずい、恥ずかしい。ずっとこのままの顔をしてこれが普通の顔だと思わせよう。やばい目を皿のようにして見ている。おばちゃん、ほらほらあっち見な。あっ、あっちにヨン様が!ハンカチ王子もいるよ!
 
たしかに外見というものは大切なものだ。形より中身というが、時に形は中身以上にいろんなことを伝えていることがある、などと社会言語学で論じたりする。最近はエステなどで外見磨きにいそしんでいる方も多くいらっしゃるという。外見をリセットできたらと僕もつくづく思う。
 
最近とても若い人たちの自殺が相次いでいると報道され、それを扱ったテレビ番組も多くあるが、ある番組で小学生の男の子が「(自殺して)生まれ変わればいいじゃん」とさらっと言っているのを見てびっくりした。無宗教と言われるこの国でどうやってそんな安易な死生観が生まれてきたのだろうと不思議に思う。まさかテレビゲームとかのリセットと錯覚してるんじゃないだろうね。この少年がごくごく少数派だと願うばかりだ。
 
と、世の中のためを思って深遠な思考にワープしてみたが、相変わらず我がおばちゃんの熱いなまざしは鉾先を変えない。もーかんべんしてー。わかったわかったもう普通の顔するから。けっこう正常な人間だから安心して!
 
あれっ?ちょっと待てよ。オイラこんなところにホクロあったっけ?ドアガラスの付着物かな?いかん海苔が顔についてる。いつの間に。かっこわるー。おばちゃんはこれが海苔なのかホクロなのかきっと悩み続けたんだ。ありがとう、おばちゃん。あなたのような他者を思う気持ちがもっと世の中に広がれば、いじめなんかなくなるだろう。ほんとうにあなたは慈愛に満ちた人だ。涙があふれ出そう、恥ずかしくて。
 
ホクロということにして次降りよっと。おばちゃん、さようなら。
 
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