井上逸兵のひとりごと
 
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2007年1月15+1日号 
 
切々と
 
© Ippei INOUE
                
セレブ(風)妻が夫を切断するやら、消費期限切れをペコちゃんにするやら、ハンカチ王子が張り切って初練習するやら、ニュースもワイドショーも一切合切、切った張ったの世界である。
 
納豆をたくさん食するとダイエットできるというTV番組があって以来、納豆が売り切れの店が多いのだそうだ。痩せたいという切実な願いは切者、いや拙者も持ち合わせているので、身銭を切って大量に切取、いやいや摂取してみた。もこみちみたいになってやると周囲に大見得を切ったものの、切角だが脚を切除されたわけでもないのに身長が足りないことを痛切に感じざるを得ない。それより、どうも納豆の食い過ぎでさらに太り始めたような気がする。そのTV番組に金切り声でクレームをつけたいところだが、きっとシラを切られるだけだろう。(よい子のための注:「せっかく」は漢字で書くならふつう「折角」です)
 
スーパーのレジ袋(へんな言葉!)が有料化する動きがあるという。環境問題はたしかに切迫した問題だ。でも、とすると、スーパーはこれまでレジ袋に要していた費用が浮くわけで、なんか還元してくれるんだろうね。責任の所在を示せ。とかげのしっぽ切りにするな。レジ袋業者とも手を切ることになるかもしれない。正面切っては言いづらいことだろう。
 
ところで、切断の「切」は「切る」という意味だろうが、なぜ「親切」も「切」なのだろう。はっ切りとはわからないが(よい子は大人に正しい字をたしかめましょう)、「切」とは強意のためのものらしく、思いっ切り親しくする、という意味らしい(「人力検索はてな」http://q.hatena.ne.jp/1148453048)。ちゃんと確認していないのでここに書くのは適切かどうかわからないが。
 
切ると言えば、うちの近所にたまに包丁研ぎ屋が来る。臨時の看板を電柱に掲げる。お店を借り切って営業すると経費がかさむので、作業道具を積んだ車のハンドルを切ってやってくる。包丁と言えば、料理をするものとは切っても切れない大切なつながりがある。というか、包丁なしではまともな料理はできないと言い切ってもいいだろう。よい包丁があれば料理のス切ルも高まるはずだ(よい子はもう寝ましょう)。包丁を研いでいなければ切手も切れないだろう。
 
今週末はセンター試験。私立大学にいるのに、うちの学部は導入しているので試験監督をせねばならないという割り切れない気持ち。まるっ切り仕切りの仕事はないから、まあひたすら退屈な時間を過ごすだけだが、退屈さにも身を切るような思いで耐えねばならない。受験生諸君は足切りされないようにがんばってほしい。携帯電話を切ることを忘れないように。
 
こんなバカげたことを続けていても切りがないので、これっ切りにして切り上げようと思う。ヒマなやつだなと困り切っている方もあろうが、これでも自慢じゃないが締め切りから逃げ切ろうといくつも見切りをつけてきたのだ(意味不明)。切者の方がこの世界から縁を切られてしまうかもしれない。そのようなことのないよう切望する。ほんとにばかばかしくなってきたのでこれで打ち切ることにする。まもなく17日になる。また+2日になって読んでくださる方々を裏切らないようにしよう。
 
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