井上逸兵のひとりごと
 
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2007年3月15+1日号
 
金属どろぼう
 
© Ippei INOUE
 
最近よく見聞きするニュースの一つは金属盗難。
 
この流行で、公共、半公共(?)の建造物、物品に対する考えが根底からゆらぐことになった。
 
道路の側溝の鉄板やガードレールが盗まれるなんてこれまで誰が考えただろう。そんなものが盗まれるなんてまったくの想定外(ちょい古)だ。
 
野ざらしにしておいて盗まれるものといえば、代表格は車、自転車、子供だが、このご時世では何を盗まれるか想像しかねる。街で野ざらしにされている多くのものをあらためてみると、いかに盗まれないことを前提に堂々と物がおかれているかがわかる。信号機や郵便ポストや交番だって今にやられるかもしれない。その時、おまわりさんがまだ中に入っていたら大変なことになってしまうだろう。ひなたぼっこするお年寄りもちゃんと見てて差し上げないと持って行かれかねない。
 
今は世界的な金属不足とかで金属が盗まれるが、そのうちコンクリートやアスファルトが盗まれるようになったら現代社会のインフラがフラつくことになる(ちょい寒)。ある朝出かけようと通りに出たら、道路が引っぺがされていた、なんてことがある日も近いかもしれない(アスファルトをどのように再利用するか知らんが)。
 
何十年ぶりの砂利道の生活を味わうことになるので雨の日はたいへんだ。都会でもゴム長靴が必要になる。株の売買をやっている人は長靴メーカーの株を買っておくとよいだろう。ちなみに小生はお金には興味がないので、株などやっていない。痛い目にあってやめたわけでは決してない。断じてない。
 
誰もが気づいていることをエラそうに言うのが小生の特技だが、このような傾向はヤホーなどのオークションがもたらした面がある。お店で売っていない物でも、買ってくれるお店がなくても換金できるという意識を何十年ぶりにもたらした。ものを金に換えるとなれば、一昔前なら貴金属、絵画、車、くらいの高価なもので、時計や家電でも一般庶民がものを換金するとなれば質屋に持っていくのがせいぜいだった。ところが、ヤホーのオークションのページをちょっとのぞいてみるとありとあらゆるものが売られている。不動産もあればイモリも売られている。鉄板も売っていた!(盗品かどうかは定かではないが、ちょい疑)
 
つまり金属盗難は、とてもイマ的な現象だ。ところが見方をちょっと変えると、これはある意味、物々交換の時代に戻っているとも言えなくもない。ガレージセールのある文化以上に、今は個人が物を売れるようになった。
 
ついでにちょい気になるのは、殺人事件などで被害者(遺族)感情というのが尊重されて、被害者遺族に敵討ちっぽい判決を期待するところがあることだ。もちろん、被害者の感情はよくわかるが、敵討ちといえばずいぶん昔の風習である。
 
ネットワーク社会というのは、我々をある面、退化させるんだな、きっと。このままでいくと、マスメディアは解体し、クロネコヤマトは飛脚を始め、MKタクシーは籠や人力車で人を運び、ベンツはやめて馬に乗る時代も来るだろう。もちろんドラフトは元に戻せ。ハンカチ王子のリカバリーのための笑顔が痛々しい。
 
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