井上逸兵のひとりごと
 
*このページへのご意見ご感想は好意的なものだけいただきます
 
2007年8月15+1日号
 
体温より気温が高いということはいかなることか
 
© Ippei INOUE
 
暑い、以外の語彙をかなり失ってしまったような気がしないでもない。
 
こんな時は炎天下で野球をするに限る。たまにクラクラして吐き気をもよおしそうになるが、そのような催し物も燃えさかる精神があればだいじょうぶだ。ボールは心で見るんだ。(註:きのうひとりごてなかったのは野球をしてへばったためという可能性がある)
 
それにしても、天気予報や報道を見ていると各地とも軒並みすごい数字が並んでいる。健康手帳の体温表を見ているようだ(そんなものがあるかどうかを問うてはいけない)。
 
しかし、そのようなことに思いを馳せると、体温をどのように測るかについて考えないではいられない。体温計というのは通常、温度がどんどん上がっていってもうこれ以上上がらない、つまり上昇がとまったところで測定するわけだ。ところが、気温が体温より高いとなると、体温を測り終わったと思って肌から離したとたんにさらに上昇していくことになる。
 
いま、風邪でもひいて熱を出している人は、そのことを肝に銘じておかねばならない。体温を測って、「ああ36度8分か、だいぶ下がったな」と安心するその眼前で体温計の数値は上がっていくことになるが、驚かないようにせねばならない(風邪で熱を出している人が、炎天下で体温を測ることがあるかどうかはこの際問うてはいけない)。
 
そのようなことに思いを馳せると、さらに悩みは深まる。体温より高い気温に触れたとき、暑い!と感じるのはわかる。しかし、体温に近いくらいだが、体温より低い場合でも暑いと感じるのはなぜだろう。かりに体温が気温と同じという状態にあったとすると、体内と体外は同じ温度であるはずだ。それにも関わらずそれを暑いと感じ、我慢ならない!などと叫んでいる我々はいかにして自分の体温の高さに耐えていられるのだろう。我々は1年中36度以上の体温に耐えているわけで、冬などはそれでも物足りないと温度を上げようとしているくらいなのだ。不思議な生き物である(医学的な理由をこの際問うてはいけない)。
 
しかし、悩みはそれに尽きない。体温より低い温度のものに触れれば、冷たい!もしくは涼しい!と感じるはずである。ということは、気温が体温より高いとすれば、人の肌に触れるとひんやりとするはずである。しかしながら、これほど暑いと人は他の人との接触を好まないのがふつうである。「暑苦しいからそばに寄るな!」というのが暑いときの定型句である。人間の体温の方が気温より低いにもかかわらず、他人の体温を暑苦しいと感じるのはいかなる理由によるものなのか。謎は深まるばかりだ。
 
本来、体温より気温が高いとなれば、他人の肌はひんやりとするはずである。さらにそれを敷衍すると、素っ裸で抱き合えば、涼しいことこの上ない、という結論にいたる。これは推奨すべき熱中症対策かもしれない。
 
炎天下でそんなことをすることが許されるかどうかはこの際問うてはいけない。許されたとして、そんなことをするやつがいるかはさらに問うてはいけない。
 
ひとりごと2007年のフロントページに戻る
もっと以前のも読む
井上逸兵のホームに戻る