井上逸兵のひとりごと
 
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2007年11月15+5日号
 
偽装
 
© Ippei INOUE
 
気づけば+5日。こんなに経ったか。もう次の1日が目前じゃないか。
 
近頃話題の食品偽装問題。あれやこれやと次から次へと出てくる。
 
九州産牛肉を「但馬牛」と表示した偽装。頼んでもいないのに偽装されて喰われた九州産牛も浮かばれまい。「但馬牛」のような馬なのか牛なのかわからん呼び名で食卓に上がりたくなかっただろうに。
 
一連の食品偽装問題を通して現代社会の何が見えるだろう。
 
まず第一に、食品への敬意がたりない。賞味期限をちょっと過ぎただけで売れなくなるという事情が背後にあるわけで、業者もつらい。ウソはいかんが、賞味期限を過ぎたくらいで見捨てるとはもってのほかだ。少しくらい過ぎたって平気だ。ありがたくいただくべきである。地面に落とした食べ物だって3秒以内に拾って食べればセーフなのだ。日本のよき伝承、「3秒ルール」を今一度思い起こそう。
 
第二に、喰えるか喰えないかぐらい自分で判断しろ。日付に頼るな。自分の舌で判断してうまければそれでよし。まずければちょっと腹をこわすくらいだ(そうすると味見して買わねばならんね)。小生など、日付に頼らなくて済むよう原稿の締め切り日を見ないようにしている。書く期限は自分で決めているのだ。わっはっはあああぁぁぁ、すみません(涙)
 
第三に、我々は記号で生きているということだ。ブランド名やブランドイメージによって我々は踊らされている。中身より記号的価値である。記号上の操作に惑わされてはいけない。キャットフードはその商品名のイメージから人間には食べられないものだと思いがちだが、ネコ缶のツナの方がシーチ○ンのツナよりよっぽど上質でうまい。ただし、ちょっと人間には味が足らないからしょうゆでもかけておけばよい。さすが猫はブランドに惑わされない。小生など、ネコ缶にネコの絵が描かれているのを見て、一度ネコを食してみようと思って購入したが、まんまとだまされてしまった。
 
そう考えると、この世の中、偽装か正装(?)かに関わらず、装飾や外見、ブランドの価値で動いているという危うさが見えてくる。小生もイケメンであるためにこれまでやってこられたようなものだ。髪を少しでも多く見せようなんてあざとい考えは赤福や白い恋人と大差ないのである。大学の学部や学科に無理してステキな名前をつけるのも一種の偽装である。中身がわかる、正装にすべきだ。
 
先日、新宿だったか渋谷だったかの駅のホームで、大きく「ピーター・フランクル」という文字が書いてあるバッグが目に入った。大変に目立つ。へんなバッグを持ち歩いて人がいるもんだな、と持ち主らしき人を見上げると、ピーター・フランクル氏本人が電車を待っていた。まぎれなし、偽装なし。エライ。正装だ。
 
あれ、もう+6日かな。ちょっと偽装しとこ。
 
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