井上逸兵のひとりごと
 
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2007年12月1日号
 
話せるヤツ
 
© Ippei INOUE
 
僕がまだファクスでスルメを送ることができると信じていた頃、風呂は沸いたからといって何もしゃべらなかったし、洗濯が終わったからといっても洗濯機は無言だった。
 
ところが今はどうだ。あまり人に話しかけてもらえない僕のようなものにも親切に話しかける機械が家の中にも街なかにもあふれかえっている。
 
ちなみに機械の次に僕と話をしようとするのはうちの犬だが、彼はどうも口べたで、言ってることがわからなかったり、言語学などの話をしてやってもわかってくれないことがある。
 
それはともかく、僕は話しかけられると常に聖徳太子のごとく誠実に反応してしまうので、機械に語りかけられる機会(ははは)が多いとなかなかたいへんである。
 
「洗濯が終わりました」と清らかな女性の声がする。「はい」とともかく応える。が、果たしてメイドを雇用していたかどうかを思い出そうとするが、どうもその覚えはない。秋葉原にもそういう用件では行っていない。深く熟考し、メイドなら洗濯が終わったぐらいでいちいち主人に報告するわけはないという結論に思い至り、見れば洗濯機がけなげに働いていた様子であった。
 
街なかでは、自動販売機に愛想のよい声をかけられる。「ありがとうございました」と丁寧に礼を言われれば、日頃の条件反射で「いえいえ」と応じてしまう。中には「今日もがんばってください」とまでおっしゃる親切な自販機もある。自販機にまで励まされるとは心中複雑だが、コンビニではそんなことは言ってくれない。
 
もうすっかり暗くなった夕刻。とある銀座でのこと(銀座はいろいろあるのだ---戸越銀座とか高円寺銀座とか)。ある会合に向かうべく急ぎ足で歩いていた。郵便ポストの前を通過したところだった。「すみません。もしよろしかったらお話しを聞いてください」と声がする。ついつい反応グセで見回してしまった。だが、自販機はない。最近は郵便ポストまでしゃべるのか、しかしおかしなことを言うものだ、といぶかしく思って暗がりをよく見ると、郵便ポストの横に、それと同じほどの背丈の小さなおばあさんがいるではないか。
 
それから数分、何をおっしゃっているのかよくわからないが、どうもたいへんな思いをされたらしく、恥をしのんでこのようにお金を無心しているという。清潔な身なりとは言えないが、たしかにふつうの家なしさんとは少し違う雰囲気ではある。こんなことをして恥ずかしいとしきりにおっしゃる。
 
今年母親が倒れてから、どうも老婦人を見ると切なくなってしまう。しかたない。先を急がねばならんし、千円くらい差し上げて早く切り上げようと思って財布を取り出したが、あいにく一万円札しかない。よわった。一万円を奮発するわけにもいかん。小銭は、と。12円。
 
12円。こちらの方が恥ずかしくなってきた。むしろ無視するべきだった。反応グセは災いをもたらす。
 
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