井上逸兵のひとりごと
 
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2008年4月15+154日、って、ほんというと9月18日号
 
漢字で生きている私たち
 
© Ippei INOUE
 
とある大型書店の受験参考書売り場。別にもう一度受験しようと思ってるわけではないが、ちょっと見たいものがあっておもむいていた。
 
居合わせた高校生の会話がとてもかわいかったのでここにご報告しておこう(ちなみに男子)。どうも英語の参考書の「受動態」のところを開いて論議していたらしい。
 
男子A:おれさー、この「クマ」っていうのよくわかんねえんだよ。
男子B:なに「クマ」って?
男子A:ほらこれこれ(と参考書を指さし)、「ジュ、ドウ・・・クマ」?
男子B:(爆笑)ばーか、それ「クマ」じゃねえよ、ギャハハハハハ。
男子A:え、まじ?なになに、なんだよ。(赤面)
男子B:「ノウ」だろ、ギャハハハハハ。
 
私は教育者として、明日の日本を担うこの高校生たちの会話に介入すべきか深く思い悩んだ。しかし、どうしても笑いを抑えきれず、おまけに鼻水があふれ出てきたので、彼らに顔を向けることすらできなかった。無事、高校を卒業してくれることを願うばかりだ。とにかく、よくここに来た!
 
たしかに、「態」と「熊」と「能」の字はよく似ている。我々が音だけで生きていれば、決して間違えないほど意味は違うのにである。漢字は便利だ。少ないスペースで、一目見て意味がわかる。タトゥーにしたくなるほどかっこいい。しかし、漢字で生きるには利点と不利点がある。よいことがあれば、その分たいへんな苦労もある。アイスクリームに過度な涼を求めれば、脳天を痛めるのと同じである(かもしれない)。 
 
かく言う小生にも、原辰徳(現読売ジャイアンツ監督)が甲子園を沸かせていた子どもの頃、「東海大相模」を「とうかいおおずもう」と読んでいたイタイケな過去がある。音では「とうかいだいさがみ」を応援していたにもかかわらずである(あのチームはほんとにすごかった)。
 
まだケータイもなく、若人たちがペンを取ってラブレターを書いていた時代、「僕の恋人になってください」の「恋人」を「変人」と書き誤ってしまうのは、当時の映画・ドラマのお決まりのネタだった。
 
ケータイ・PC時代の現代では、誤りは主として誤変換なので(「ではらいしゅう(来週)」のつもりが「出原異臭」としてしまうなど)、漢字の間違え方が異なってきているのである。
 
知らない方からメールをいただくことがたまにあるが、そういえば、先日、「見識のない先生に突然メールを差し上げるご無礼をお許し下さい」という書き出しのメールを頂戴した。あー悪かったな!見識ないの何で知ってんだよ!ほんとに無礼だ。まあ字を間違えたのかな?って、「面識」とぜんぜん似てないだろ!でも、古典的とも言うべきネタを頂戴してちょっと感謝。
 
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