井上逸兵のひとりごと
 
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2008年6月15+133日、てなわけで10月27日号
 
ポーランド便り
その4
 
© Ippei INOUE
 
更新回数稼ぎもますますあさましくなってきた今日この頃、いかがお過ごしですか?ちょっとネット環境が思わしくなく、かつ書いているヒマが意外にあんまりなく、もう帰る時間が近づいてきました。ひょっとして同時に二、三回分更新してるように見えるかもしれませんが、時差のためです。気のせいです。時差は地球をぐるっと二回りくらいすると、2日くらいあります。
 
たくさん書こうと思って前置きばかりになってしまった。少しは学会のことも書かねばならない。初日の全体講演といくつかの研究発表が終わって夕刻になると、宿泊施設のあるソチェフカなんとかリゾート・カンファレンスセンターというさらにへんぴなところに強制連行された。真っ暗な中到着したが、脱出は不可能のようだった(実際そうだった)。ゼミ合宿状態である。
 
で、結論的にいえば、それはとてもよかったと思う。多くの時間を共有することで、いろいろ話もできて、それなりに仲良くなれるし、それ以上にこの身体的な共有感覚にはことばを超えたものがあるように思う。合宿も意味があるということですな。
 
オーガナイザー側のポーランドの人たちもみな親切で、こわそうな人も実はこわくなかった。あるポーランド人のお方は、ポーランド人の特徴はホスピタリティ(もてなし)だという。悲惨な歴史を背負ってるからなおさらそうなのかなとも思った。
 
肝心の発表も無事終え、たくさん質問もいただき、そこそこお褒めのことばも頂戴したので、ポーランドに着いた時にはさっぱり準備ができていなかったにしては十分である。だいたい僕は60点主義で生きてきたので、ぜんぜん緊張もしない。100点なんてそんなにとれるもんじゃない。ただし、この生き方の欠点は、たまにほんとに60点もとれないことである。
 
非英語圏、特に東欧での国際学会ということで、どちらかというとその近隣の国の人が多かった。それもまた興味深かった。もう一人の全体講演者の偉いセンセイ(ドイツ人)には、日本人の研究者はちょっとアメリカ向きすぎじゃないの、とも言われた。このお方は、いろんな国のことを知っていてグレイト・トラベラーと言われていた。さらに、何でもズケズケ言う人で、最終的には一番会えて有益だった人だが、最後の晩のパーティで踊らなかったロシア人の女性に(ポーランドでは宴会で必ず踊るようである)、翌朝になってまでも、文化なんだから踊らなきゃだめだと説教していた。いっしょに踊ることを拒否されたうらみという気もしないでもないが。
 
僕はもちろんおど、るわけがない。もし過度に文化適応して踊っても、おそらく踊りと認識されなかった可能性が高いことを自覚しているからである。無用な文化摩擦はさけるべきである。
 
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