井上逸兵のひとりごと

 

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20141月号

 

謹賀新年

—門松に思う— 

 

CIppei INOUE

 

新しい年を迎えた。

昨年再開したこのひとりごともありがたいことに多くの方々に喜んでいただいた。毎月の楽しみが戻ってきた、これを読むときがやすらぎのひととき、こんど100円貸してください、など世界中から大反響を得ている。今年も世界平和と宝くじ当せんを祈願しつつひとりごち続けていこうと意を決しているところである。

 

正月は日本人として正しい過ごし方をしなければならない。

朝からアルコール飲料を頂戴することは、正月における神聖なる儀式である。朝から聖なるアルコール飲料を摂取することは昼間におけるその摂取を促し、昼間におけるアルコールの摂取は結果として一日中神聖な儀礼にどっぷり浸ることをもたらしめ、その次くらいに神聖なこのひとりごつ営みを遅らせてしまった。つまり、更新がちょっとばかり遅れたのは神事によるものである。たんに飲んだくれていたわけではけっしてない。飲んだくれて寝てしまったわけではけっしてなーい。

 

今年はしたたかに、かつしなやかに生きていこうと思う。あの正月の門松の竹のように。見よ、あの竹の生きざまを。門松といいながら、圧倒的な竹の存在感。どう見ても松より竹の方が目立っている。「門竹」と言ってもいいくらいなのに、「松」をその名として主役をゆずる謙虚さ。まるで小生のようだ。ついつい自分を重ね合わせてしまう。

 

すし屋やうなぎ屋のメニューで「松竹梅」とあれば、「松」はちょっとぜいたく過ぎるかな、せっかく来たんだから「梅」もちょっとなー、ちょいとばかり奮発するか、と多くの客が真ん中の「竹」を選ぶ、したたかな人心掌握術も「竹」は備えている。見事としか言いようがない。

 

「竹」と言えば、かようにしなやかで強靱なよい印象を与えることばだが、英語ではbambooという何となくふざけた語だ。東洋のトロピカル、といったイメージである。さらに、英語にはbamboozleという語源不明のことばがある。これはことば巧みにあざむくことを意味する。バンブーゾー。バンブーずる?英語はどうにもイメージが悪い。はたまたこれもバンブーのしたたかさを表す語か?

 

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